金鳳釵
久生十蘭
底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
金鳳釵
久生十蘭
ひょろ松は手で制して、
「いや、よくわかりました。そのへんまでで結構。……御祝儀の日にとんだお騒がせをして申訳ありませんでした。……世間の評判というものはいい加減なもので、じつは、ちょっとした密告(なげこみ)がありましたンで、捨てもおけず、こうやって詮議の真似事をいたしましたが、よく筋が通りましたから、これで引きとることにいたします。まア、どうかお気にさえられないように……」
万屋の店を出ると、顎十郎はニヤリと笑って、
「どうだ、ひょろ松。棺がふたつ入ったというおれの推察(みこみ)にはちがいはなかったろう。奴らのほうではよほど以前からチビチビと毒を盛っているンだから、盛り加減で、だいたいいつごろお米が絶気するかわかっている。万屋で平野屋へ棺を注文したのを見とどけると、へい、ただ今と用意してあった棺をかつぎこむ。こりゃア誰にしたって怪しむセキはない。お米のそばに残っているのはお時という小間使ひとり。こいつは同類(ぐる)なんだから、棺をしょいこんで来たやつに手を貸し、棺へ入ってきた替玉とお米をすりかえ、その中のひとりは中ノ玄関で待っていて、平野屋の隠居がかついできた棺の断りを言う。いや、もうじつに簡単な話。こんなことがどうしてお前の智慧に及ばなかったか、そのほうがよっぽど不思議」
ひょろ松は、照れくさそうな顔をして、
「ひとがひとり死にゃア棺桶はひとつにきまったもの。そうとばかりかんがえが固まっているもンだから、ふたつとまでは思いつけませんでした。いや、どうも大失敗(おおしくじり)」
「……それについて、おれはちょっとかんがえたことがあるンだが、お前、すまないが万屋へもどって、お利江さんをちょっと呼びだして来てくれ。おれは浄心寺の帝釈堂(たいしゃくどう)の前で待っているから。……おれの頼むことに、もしお利江さんがウンと言ってくれたらだいぶおもしろい芝居が打てそうだ」