顎十郎捕物帳

金鳳釵
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 3

金鳳釵
久生十蘭

 顎十郎は、薄笑いをしながら聴いていたが、どうにも我慢がならないというふうにヘラヘラと笑い出し、
「どうだ、ひょろ松、おれがその後をつづけて見ようじゃないか」
「えッ」
「なにも驚くことはない。そのおさまりはこういう工合になるんだろう。……金三郎が鳳凰を彫った簪を万和に見せると、万和はおどろいて、これはお梅の棺の中へ入れてやった簪だが、どうしてあなたがこんなものを持っていらっしゃるのかと訊ねる。そのとたん、寝ていたお米がムクムクと起きだし、あたしがあまり哀れな死にようをしたので、冥土の神さまが憐れんでしばしの暇をたまわり、お米の身体を借りて金三郎さまと契りました。……顔を見るとお米だが、言葉つきはまるっきりお梅。みなが驚いているうちに、お梅の霊は、あたしの縁をお米につがせてくださることがなによりのあたしの供養。どうぞおききとどけくださいませ。ではこれでこの世のお暇(いとま)、と言って泣き倒れたと思うと息が絶えた。おどろいて駈け寄って介抱すると、間もなくお米は息を吹きかえしたが、瘧(おこり)が落ちたようにキョトンとしている。寝ていたあいだのことを訊くとなにひとつ知らないという。万和もお梅のこころを哀れに思い、お梅が言った通り、ふたりを夫婦にすることにした、仍(よ)って件(くだん)の如しさ」
「なアんだ知っていらしったのですか。相変らずひとが悪い。ひとにさんざん喋らせておいて……」
「こんな古風な話を持ちこんでおれを嵌めようたって、そうは問屋じゃおろさない。お前とおれとでは学がちがうでな……。おい、ひょろ松、これは『剪燈新話(せんとうしんわ)』にある『金鳳釵(きんぽうさ)』という話だが、いったいどこから仕入れて来た」
 ひょろ松は、むッとした顔で、
「仕入れたも仕入れないもない。正真正銘の話。このあいだ、深川の八間堀(はっけんぼり)へ首のない死骸があがり、月番ではありませんが、そのひっかかりで万屋へ行ったとき、万和の口から直接にきいた話なンです」
 アコ長は、いつになく真顔になって、
「すると、それはほんとうの話か」
「あなたをかついだって三文の得にもなりゃアしない。ほんとうもほんとう、金三郎とお米は明日の晩祝言をするンで、万和じゃ、てんやわんやの騒ぎをしているンです」
 アコ長は、チラととど助と眼を見あわせ、
「とど助さん、こりゃアどうもいけませんな」
 とど助は、眼でうなずいて、
「いやア、なにやら、チト物騒な趣きです」
 ひょろ松は、キョトキョトと二人の顔を見くらべながら、
「なにが、どう物騒なンです。……ふたりで眼くばせなんかして、気味が悪いじゃありませんか」
 と、言っているとき、傘に雨があたる音がし、小さな足音がたゆとうように家の前を行きつもどりつしていたが、そのうちに含みのある優しい声で、油障子の外から、
「お訊ねいたします、こちらが、仙波さまのお住居でございましょうか」
 と、声をかけた。