顎十郎捕物帳

金鳳釵
久生十蘭

顎十郎捕物帳書籍情報

底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1-13-24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄

顎十郎捕物帳 2

金鳳釵
久生十蘭

「なるほど」
「それから二年たって木曽に大きな山火事があり、山崎屋の山が五日五晩燃えつづけてそっくり灰になり問屋の仕分けも出来かねるようになったので、店をしめて長崎へ行って唐木(からき)の貿易でもし、もう一度もとの身代にしようというので金三郎をつれて長崎へ行ってしまった。その翌年の春、そっと唐(とう)へ渡るというざっとした手紙が来たきり、それから十二年ただ一度も便りがない。……お梅のほうは顔もよく覚えていない金三郎を恋い慕い、佐土原(さどはら)人形に着物をきせて三度々々影膳(かげぜん)をすえ、あなた、あなたと生きた金三郎がそこにいるように懇(ねんごろ)に話しかける。見る眼にもいじらしいほどだったというンですが、これがほんとうの恋病(こいわずらい)とでもいうンでしょう、見る影もなく痩せほそって今年の五月十七日に影のようになって死んでしまった。母親は後妻だからいいが万和の歎きはまた格別。しかし、なにごとも前世(ぜんせ)の約束ごと。これも因縁だとあきらめ、いよいよ棺に納めるとき、鳳凰の金簪を取りだしてお梅の身体を撫で、これはお前の聟の家のものだから、せめてこれだけでも持ってゆけといってその金簪を棺の中に入れ、浄心寺(じょうしんじ)の墓地へ葬りました」
 アコ長は、柄になく悄(しお)っとして、
「あの娘が死んでしまったのか。優しそうないい娘だったが」
「……ところが、お梅が死んだ二タ月目、思いがけなく前触れもなしに金三郎が帰ってきた。……父が唐で長々の患い。それやこれやでお便りすることもかなわず申訳なかったという挨拶。せめてもう二タ月早かったらと言ってもそれは愚痴。万和が涙片手にありようを話すと金三郎は位牌を手のなかに抱き、この長い歳月、日本へ帰ってあなたと夫婦になるのを楽しみに唐三界(からさんがい)で骨身を砕いていたものを、なぜもうすこし生きていてはくださらなかった、と男泣きに泣いたというンです。……万和は、たとえ娘が死んでも、いちど約束したのだから婿も同然と母家から離れた数寄屋のひと構えに金三郎を住わせ、じぶんの息子のようにもてなしていた。……そうするうち、お梅の新盆(にいぼん)。……浄心寺で一周忌の法事をして、それから墓まいり。金三郎も万和の家内と一緒に寺へ行きましたが、どうにも涙が出ていたたまらない。そっと寺から抜け出してじぶん一人で墓まいりをし、家へもどって夕闇の門口でしょんぼりと苧殻(おがら)を焚いていると、ついその前を町駕籠がとおったが通りすがりになにかチリンと落して行ったような音がした。なんだろうと思って拾いあげて見ると、鳳凰を彫った金無垢の簪なンです」
「ほほう、いよいよ本筋になってきたな」
「……追いかけてみたが、駕籠は夕闇にまぎれてどちらへ行ったかわからない。しょうがないから簪を袂に入れて、じぶんのいる離家へもどって早々に寝床へ入った。……すると、だいぶ夜も更けてからホトホトと雨戸を叩くものがあるので起き出して雨戸をあけて見ると、袖垣(そでがき)の萩の中に死んだお梅のすぐの妹のお米が袖を引きあわしてしょんぼり立っている。どうしてこんな夜更(よふけ)にとたずねると、ぜひお話したいことがあって来たという。離家へあげると、お米は壁の紙張へ身をすりつけるようにしながら、あなたが死んだ姉をお愛(いと)しがられるごようすはあまり哀れでございます。あたくしは姉とおなじ腹から生れたのではございませんけど、やはり父の統(すじ)。せめて死んだ姉の身代りと思ってあたくしを、ととぎれとぎれにいう。金三郎はおどろいて、お志は忝ないがそれはいけません。男ひとりいるところへおあげしたことさえ心苦しく思っているのに、恩も義理もあるそのひとの眼をかすめて、どうしてそのようなことが出来ましょうかと言うと、お米は、女の身としてこんな夜更にあなたおひとりいるところへ忍んで来たうえは、たとえなんのことはなくとももうもとの身体ではありません。どうぞ哀れと思って、と畳に喰いついてどうしても帰ると言わない。金三郎も、はじめはきついことを言っていましたが、とうとうお米の情にほだされて割(わり)ない仲になった。……お米はそれから夜の六ツごろになると忍んで来て夜があけるとそっと母家(おもや)へ帰って行く。……そんなことがひと月もつづきましたが、金三郎はいかにも心苦しい、ある朝、といっても一週ほど前の話ですが、いつまでこんなことをしているのは相すまぬわけだから、いっそ和助どのに打ちあけてお詫びをし、晴れてゆるしを得たいものだというと、お米もどうぞそうしてくれという。父がもし立腹するようなことがあったら、いつぞや門でおひろいになった簪をお見せになると、きっと怒りがとけるわけがあるのですから、そういうときには、どうぞあれをお見せになってと言う。……夜が明けはなれてから金三郎はお米の手をひいて母家へ行き、庭の枝折戸の外へお米を待たせておいて、じぶん一人だけ和助の居間へ行って、これこれしかじかと詫びを言うと、和助は怪訝(けげん)な顔をして、あなたにはまだ申しあげなかったが、お米はお盆の夕方、寺から帰ると急にうつうつと睡りはじめ、なにを言うさえ現(うつつ)ないありさま。そのあいだにもいちど息をひきとったことさえあったほどの大わずらい。寝床の中で寝がえりひとつ打てない身が、どうしてあなたのところへなぞ忍んで行くはずがありましょう。あなたはお米を枝折戸の外へ待たせてあるとおっしゃったが、現在お米は次の間でひと心地もなく眠っておりますという。金三郎はおどろいて次の間へはいって見ると、いま現在、枝折戸の外へ待たせておいたはずのお米が、見る影もなく痩せほそって寝ている……」